Chi-On

王冠の下僕

音楽を愛しすぎた音楽家

 俺と糸井治五郎がそのあとどうなったか、というと至極わかりやすい結果に落ち着いた。
 神宮寺主演のドラマは高視聴率を保ったまま無事終了。年末のドラマアワードにノミネートされたが、惜しくも銀賞だった。金賞を取ったのは配役から脚本から音楽に至るまで「豪華キャスト」だった恋愛ドラマで、その受賞を誰もが納得している。それでも、音楽大賞では神宮寺の歌った主題歌が賞をもらい、サウンドトラック部門では俺の治五郎もノミネートされた。バラエティ番組やクイズ番組、ワイドショーの背景音楽として俺の治五郎が流れることも珍しくなくなり、王冠は俄かに高度経済成長期を味わったが、サラリーマン音楽家である俺の懐は少しも暖まらなかった。人事総務経理を一身に担う宮藤が俺の売り上げを来年以降の資本として蓄財したからだ。俺と松本の音楽が来年、再来年と、売れなくても給料は出す。そう言っているのだとわかっていたから、俺たちはその年の第三賞与――樋口一葉一人で小さな祝勝会をあげた。
 俺の身に残ったのは神宮寺・七海夫妻との交流と、今日もどこかの番組で俺の治五郎が流れている、という自己満足だけだ。
 ただ。
 一つだけ変わったことがあるとすれば、神宮寺夫妻が時折王冠の事務所を訪ねてくるようになったことぐらいだろうか。
 神宮寺の妻――七海とは仕事で時折顔を合わす。俺と彼女とを引き合わせた音響監督の言っていた通り、七海は懐の広い女性で感性も豊かだ。怖がる必要などどこにもない。彼女は俺よりも若輩だけれど、俺よりも才能に満ちている。その差を受け入れられないほどには青くなかった。
 それより何より意外だったのが、フェミニストを気取っていた神宮寺が七海との結婚を機に他の女性とは距離を置くようになった。その双眸には穏やかな光が宿っていて、彼が本物の幸せの中にいる、というのは疑うまでもない。一度だけ七海と同じ番組の音響をすることになったことがあるのだが、余計な被害妄想を育まれることがなかったのを僥倖と呼ぶべきか、男として認識されていないのを嘆くべきか、俺の中ではまだ結論が出ていない。多分、今後も答えなど出ないだろうと腹を括り、スタッカート一つの意味について七海と夜を徹して論議に及んだりしている。
 俺の所属長である宮藤と、七海の上司であるシャイニング早乙女の二人の許可が下り、今年の夏には七海の名義で俺と彼女の共同作品が発表されることになっているのも、変化と言えば変化だろうか。十八でその道を諦めた俺のドラムが七海のピアノで生かされる。スタジオで初めてセッションをしたときには背筋に電流が走るのを感じた。そこにサックスを持った神宮寺がやってきて、ジャズめいた即興を演じたときには夢の空間だとすら思う。

「『君(くん)さん』のドラムってテクもそうだけど、表現が繊細だね」

 今日は収録が早く終わったんだ。そう言いながら俺と七海が打ち合わせをしているスタジオに顔を出した神宮寺は我が物顔で俺たちの会話に口を挟む。
 椅子に逆向いて腰かけて、満面の笑みでスティックを振る真似をする。
 そして言った。
 君さん、というのは神宮寺の俺に対する呼称で、どうやら「ユミ君さん」の省略形らしい。俺の名前なんて一つも入っていない、と最初の何回かは抗議したのだけれど、彼がそれを改める気がないのを察したのでそれ以上は訂正していない。
 それからしばらくして俺はもう一つの事実を知った。
 彼が愛称を付けるのは親愛の証だ。
 神宮寺の中には線引きがある。自分と仲間とそれ以外。君さんと呼ばれる俺はいつの間にか彼の「仲間」に分類された。その、短くはない交流の中で俺は神宮寺が見せかけよりずっと真摯な人間であることを知っている。彼のサックスはそれを忠実に反映している。でなければ、あれほどまでに人を惹き付ける音は出ないだろう。繊細で誠実で誰よりも人と言うものをよく見ている。だのに神経質そうな印象を与えないのは彼がそれを意図して隠しているからだ。人懐こくて愛嬌がある。その皮をかぶって、彼は笑顔を振りまく。神宮寺が仮面の下で泣いたり奥歯を噛み締めたりしているのを知っているのは業界が広いといえども、列挙するなら両手の指で事足りる。
 その、決して美しくはない表情を見せてもいい、と判断された俺は知っていた。

「君のサックスほどじゃない」
「あれ? そう言うこと言うんだ?」

 こんな神経質なビートを刻んでおいて、と言外に含んでいる。その皮肉を受け流すことが出来る程度には無駄に年を重ねていた俺は皮肉っぽく笑う。

「そりゃまぁ、『ダーリンのサックスが世界一』だそうだから」

 何の分野で世界一なのか、明確に七海に問うたことはない。敢えてそれを問うのはただの野暮だ。
 神宮寺のサックスは実に表情豊かだ。陽気な子供の顔、精悍な青年の顔、熟練の玄人、百戦錬磨の恋上手、人生のよき先達、優しさを強請る後輩、それからこれは最近増えたのだけれど、子煩悩なよき父親の顔。そのどれ一つも偽りではない。それだけ、神宮寺の人生は豊かだということだ。それが幸せと等号で結ばれているかどうかはまた別の問題で、けれど、俺に神宮寺ほどの人生の深みはない。
 だから、だろうか。
 宮藤が初めて神宮寺と関わる仕事を持ってきたとき、「一番嫌いそうだ」と言った。俺もそれは否定しなかった。実際、神宮寺の表面は女ったらしで気障で軽薄そうだった。
 だのに。
 今では彼のことは嫌いではない。仕事には真摯だし、女性にも一途だということを知ったから、かもしれないし、その全てを上書き出来るほどの音楽の才能に惚れてしまったからかもしれない。
 ただ。

「君の可愛い奥様に言ってあげたらいい。『オレが一番上手に奏でられるのはサックスじゃなくて君だよハニー』とか」
「げほっ」

 げほごほと大げさにむせこむ様を見ると、ある種の安堵を覚える。
 神宮寺レンはその偶像に反して大切な奥方を絡めた下ネタが苦手だ。七海のことが大切で、大切すぎて、息子が生まれても未だにこの手のジョークを真に受ける。寧ろ七海の方がドライで、「そんなこと言われるとドキドキしますね。サプライズですか?」と笑っている。
 世間の評価と逆転した本当の彼ら夫妻への感情が「好き」に傾いていると気づいたのはここ最近のことだ。

「君さん、ハニーの前で下品なことを言うのはやめてもらえないかな」
「そう? 寧ろ俺は神聖なことだと思うけど?」
「君さん!」
「七海君に実際その『下品な』ことをしているのは君だろ?」
「それはそうなんだけど、男同士の秘密にしておいてくれたらいいじゃないか」
「大丈夫ですよ、ダーリン。私、そういう男の子っぽい会話って憧れだったんです」

 耐性を付けたいし、ユミさんにそういう話題を振ってほしい、って言ったの私です。駄目でしたか?
 神宮寺を立てる形で七海が小首を傾げる。神宮寺が返す言葉に詰まる。俺はもうそれを見るだけで幸せのお裾分けで満腹だ。

「わかったわかったよ。俺が悪かった」
「本当にわかったかどうか、疑わしいね」

 わかるも何も、当の七海が自ら望んでいる。椅子の上で蹲った神宮寺をよそ目に俺と七海はアイコンタクトでじゃあまた次の機会にと約束を交わす。俺は七海春歌のこういうある種何かを超越した純粋さをうらやましいと思っていた。
 復活する気配のない神宮寺を放置して、俺は手元の書き殴りの楽譜に視線を落とす。

「で? 七海君。本当にツモさんでいいのか?」

 今回の楽曲は俺と七海の合作でシャイニング事務所が主催のイベントで披露されることになっていた。「シャイニングサマー」という毎年のイベントで今回はとうとうフェスの聖地・富士で開催される。所属アイドルたちのライブは勿論、音楽家の生演奏を背景にしたラジオ形式でのトークなどが企画されていて、俺と七海の曲は昼休憩の間に流されることが決まっていた。歌唱をすると休憩にならないから、インストになる予定なのだけれど、そこに神宮寺が割り込んできた。彼が歌うと客は席を離れられない、と言えば演奏だけならばいいのかと食い下がられ、取り敢えず、今は俺がドラム、七海がピアノ、神宮寺がサックスでフュージョン系の音楽にしよう、という線で打ち合わせをしている。神宮寺が入るにせよ出るにせよベースが必要だ。シャイニング事務所には元ロックアーティストの黒崎蘭丸がいる。ベーシストの彼も当然シャイニングサマーに出演するから彼に頼むのが順当ではないか、と俺は進言したのだけれど、七海の方から松本の名前が出た。王冠の兄弟子・松本御前(みさき)はウッドベースを得意としている。だからと言って彼がアップテンポな曲には対応出来ないだとか、そんな事実はないし、今回の曲はスローテンポだから合うと言えば合う。
 でも。
 これはシャイニング事務所のお遊びだ。そこに王冠の下僕たる俺たちが大きな顔をして割り込んでもいいものか、その塩梅に悩んでいるのもまた事実だ。
 だのに。

「ユミさんの音楽と一番合うのは松本さんですから。それに」
「それに?」
「黒崎さんは聞き流す為の音楽を演奏される方ではないので、私たちが不必要な遠慮をすることになります」

 彼女のその言葉には俺を気遣う含みがあって、胸の内でぽっと何かが灯った。俺の音楽を尊重してくれる人がいる。俺の音楽を好いてくれている人がいる。それは多分、この上なく幸せなことで喜ぶべきことだ。そして彼女は彼女のやり方で俺の音楽に見合うだけの評価を得ようとしている。そんなことをしなくとも、俺はサラリーマン音楽家だから、モチベーションを維持出来ないだとか、矜持が傷つくだとかそんなことはないのに、七海の優しさは身に染みる。その優しさを柔らかく温かく育んでいる神宮寺夫妻の先行きが幸いたれと胸中で祈り、俺は神を信じていないことを思い出して苦笑した。
 それを隠したくて、少し意地の悪い問いを浮かべる。
 
「王冠の下僕と王子様とは並び立てないって?」
「ランちゃんが特別なだけさ。オレは君さんと一緒に演奏するの、嫌じゃない」
「と、仰ってくださるのはST☆RISHの皆さんだけなので、ユミさん、頑張りましょう!」

 特別なのは黒崎ではない。王冠の――下請けの音楽会社の社員などを気にするのはST☆RISHのメンバーぐらいのものだ。
 最初はST☆RISHなんて次の波が来たら消える、と思っていた。その、メンバーそれぞれと面識があり、ある程度の交流がある今では出来ればもっと長く彼らも俺もこの業界に残ればいいと思っている。人情なんてその程度のものだ。
 賑やかな弟たちが出来たような気分だ、と以前来栖に言ったらユミさんもうちの事務所に来ればいい、と言われたのを思い出す。そんな年でもないから、とか適当な言い訳でその場を逃れたのだけれど、俺たちは――俺と松本は宮藤の弟子だから何があっても宮藤を見捨てない。宮藤が俺たちを守ってくれる限り、俺たちは宮藤を信じる。
 だから。
 シャイニング事務所の音楽家と昵懇にし、イベントがあるからとほいほい担ぎ出されている最近の俺のことを松本はあまりよく思っていない。その、そもそもの根源であるシャイニング事務所のイベントに生出演してほしい、だなんてどう言えと言うのだ。
 黒崎蘭丸が出演してくれる方が余程気楽だ、と言外に責める。二人は最高峰の笑顔で応えた。

「ツモさんに何て説明させる気なんだ、君たちは」
「王冠の流儀で頼むよ」

 それとも君さんはハニーにマッツさん――神宮寺は俺だけではなく、あろうことか松本にまで愛称を付けてしまった――の説得をしろって言うのかい?
 そんな一方的で断定的な問いが聞こえて、俺は少しだけ意趣返しをしたい気分に駆られる。一回りには少し足りないが、それに近いだけの年が離れている後輩たちに対して、大人げない、と自分でも思う。
 それでも。
 彼らは俺の小さな悪戯を許してくれる気がした。

「じゃあ、カンさんを経由するしかないな」

 俺や松本を個人的に動員しようとするのだから無理がある。シャイニング事務所が正式に王冠に仕事として発注すればその無理は幾らか減るだろう。シャイニング早乙女と宮藤とは親しいとは言えないが、決して拒みあう関係ではない。正当な報酬が支払えさえすれば、宮藤とて俺や松本の仕事を無下に断ったりはするまい。
 その交渉は俺には行えない。俺がシャイニング早乙女に直談判をすることは出来ないからだ。
 だから。
 それはつまり。

「ボスにオレたちから説明しろって言うのかい?」
「王冠の流儀で言うならそうなる」
「参ったな。オレが演奏するのもボスはあんまりよく思っていないからね」

 そのうえマッツさんまで借りてほしいだなんてとてもじゃないけどオレには言えないよ。
 頼りなく、嘆いた神宮寺とは対照的に七海の瞳には強い光が宿った。

「社長には私が話をしてみます! 私、どうしてもお二人とセッションしたいんです」

 七海春歌、というのはこういう作曲家だ。「彼女自身の理想の音楽」を見つけるといてもたってもいられない。どれほどの難関が待ち受けても実現させる為の努力を惜しまない。
 神経質なきらいのある俺のドラムを優しい、落ち着いて大らかな松本のベースを厳しいと評する彼女ならば有言実行するだろう。ものごとを表面ではなく、本質で受け取っている。
 だから。

「七海君、君はとんだお姫様だ。そんな風に口説かれて断るだなんて王冠の名が廃る」

 松本と宮藤には俺が話を付ける。俺たちの音楽をどうしても必要としている相手にその音色を届けられないだなんて屈辱は認められない。王冠は王の、或いは王女の頭上で燦然と輝くものだ。
 その輝きを求められたのならば、全力で応じる。それがクラフトクリアクラウンズの矜持だ。

「君さん、ちゃんとわかってるかい? ハニーは俺の奥さんなんだけど」
「誰が君の細君に横恋慕したって言うんだ。俺が惚れたのは君の細君の音楽にかける情熱だ」

 世間では王冠など底辺の音楽事務所だ。その王冠の音楽家二人。シャイニング事務所の音楽家が望めば動員出来ない理由はどこにもない。
 だのに。
 七海は俺の挑発を真に受けてシャイニング早乙女その人に直談判すると言っている。これほどまでに愚直な人間は珍しい。才能が世に評価されてなお、誠実たる彼女の美徳だ。
 それを眼前で示されて賞賛出来ないのだとしたら、それはただの嫉妬か無能だ。

「神宮寺君、君の女性を見る目は実に確かだ」

 七海は素晴らしい女性だという事実は誰の目の前でも揺るがない。その七海の心を射止めたのだから神宮寺の審美眼は素晴らしいと言える。
 素直に心からの賞賛を送れば、神宮寺がニヒルな笑みを浮かべた。

「結婚していないどころか恋人もいない君さんに言われると全く有難味を感じない台詞だね」

 まったくもってその通りだったけれど、そういうからかいを受け流せるぐらいには無駄に年を重ねていた。結婚が人生の墓場かどうかは知らないが、一方的に夢を見る何かでないことだけは知っている。
 だから。
 俺は神宮寺の皮肉を笑って受け止めた。

「君ほどじゃないが、俺だって恋人がいた時期もある」
「そのステディはどうしたんだい?」
「仕事にK.O.負けしたよ、皆」
「君さんらしいオチだ」

 神宮寺が俺の答えに苦笑いながら破顔する。君さんのステディになるにはハイハット幾つ叩けたらいいんだろうね、だなんて返すものだから俺はもう一つ悪戯をしたい気分になる。
 最低五つで上限はない、と返答した後、俺は隣に座る七海の方を向いた。
 
「七海君、女性の間では有名なんだろ? 王冠の音楽家は音楽を愛しすぎている」
「それはもう、随分有名なお話です」

 赤面した七海が困り笑いをしながら答えた。神宮寺がそれを受けて大笑いする。屈託なく腹から笑う神宮寺を見ていると、俺の人生の紆余曲折も決して無駄ではなかったのだな、と小さな感動を覚えた。

「ツモさんには俺から話を通しておく。何かリクエストすることはあるかい?」

 ウッドベースではなくエレキを持ってきてほしいだとか、そう言った類の要望を期待して問うた。
 だのに。

「あの、ユミさん」
「何だい、七海君」
「松本さんには私のわがままで、ご迷惑をおかけしますとお伝え――」
「しないよ。もし君がそれを本当に伝えたいのなら、今度こそ本当に君の社長を通して伝えたらいい」

 謙遜も度を過ぎれば侮蔑より酷い。
 そのことを七海も知っていると思っていた。切り捨てるように冷たい声を浴びせた俺を神宮寺が黙ってみている。この顛末をどう片づけるのか、高見の見物というやつだろう。

「でも、ユミさん」

 だから。
 尚をも言い募ろうとする彼女の言葉の先を遮った。
 自己否定の言葉は聞きたくない。
 そんなものは誰も幸福にしない。見せかけや上っ面をほんの少し丸くするだけだ。それでも時には必要な場面がある。たとえばそれは初対面の誰かや、信じるに至らない誰かを相手にする時で、彼女にとっての俺は未だその範疇なのだろうか。自問して問いを打ち消す。
 いや、きっとそうではない。

「七海君」
「は、はいっ」
「俺もツモさんも君もプロだ。俺たちが顔色を窺う相手はお互いじゃないだろう」
「それは、その通りなのですが」
「それとも、君はツモさん一人ですら納得させられないような音楽を作るつもりなのか? だったら、俺は降りさせてもらわないと困る」

 言い過ぎなのはわかっている。こんなことを言わなくても七海の作る音楽は人の心に響く。
 それでも、言った。
 神宮寺が七海と合作する相手に過不足がないかどうかを窺っていたからではない。
 七海には彼女が本当に求めるものを追ってほしかったからだ。
 その道の為に俺は力を貸せると自負している。
 だから。

「少なくとも、君のハウスは俺を動かすだけの旋律だった」

 俺が松本の出演を交渉するのは彼女の為ではない。俺自身の為でもない。この音楽に俺と松本の両方が必要だからだ。

「ユミさん」
「じゃあ、そういうことだから俺は一足先に事務所に戻るよ」

 言って俺は殴り書きの譜面を集める。この旋律を松本に自慢したい。俺はこんなに素晴らしい音楽を作る作曲家の隣に名を連ねるのだと胸を張りたい。
 名前だけはご立派な王冠の音楽家の俺は自惚れが強い。無駄な自尊心も持っている。
 それを裏打ちしたのは彼らだから最後まで責任を取ってもらおう、だなんて馬鹿げたことを考えながら俺は楽譜を鞄に仕舞った。
 神宮寺が意味ありげに微笑んで見送る。
 スタジオの扉を後ろ手に閉めて、俺は駆け出した。
 来る夏、完成した昼休憩のインストが観客の足を止めすぎて日向に小言を言われるのだけれど、俺たちはまだその未来を知らない。
2014.01.11 up