All in All

19th. 嫌い嫌いも好きのうち

 学校行事なんてつまらないだけだと思っていた。何ごとにつけても細かいルールを押し付けられるばかりだし、逐次監視される。大人たちは監督だと言葉を是正するが、常磐津千尋でも、それはただの詭弁だということを知っている。理想の生徒像を押し付けられて、教師や親に形ばかりの成長を見せることを強要されることのどこに自由があるのだ。そんな風に思っていた。
 十三歳の秋が来た。九月も半分終わったのに暑気が残ったままで、どこが秋だと悪態をつくある日に千尋たちの担任が言う。
 二学期が始まったばかりだが、これから二週間、授業は行われない、と。
 夏休みが終わって間もないのに秋休みでもあるのかと、千尋は一瞬期待した。その小さな期待は「お前たちも目一杯海原祭を楽しむように」と続けた担任によって霧散したが、教室の中にはざわめきが残っている。海原祭というのは立海大学、付属高校、付属中学を縦割りにした学園祭だという説明があったからだろう。学園祭というのは体育祭と双璧を成す憧れの学校行事だ。今までの五か月間でも学校行事はいくつかあった。新入生合宿、球技大会、オリエンテーリングの類も含めるなら月に一度か二度は行事がある。それでも、その中のどれ一つ、憧れの名を冠すものはないし、学校側もそれほど前面に押してはこなかったから、多分大人たちにとっても重要ではないのだろう。
 そんなことをぼんやりと考えながら朝のHRを終える。今日から授業はない。その代りに縦割りにされた組織の中で動くことが義務付けられた。千尋たちは「テニス部」という括りになるらしい。というのはHRの後、すぐにやってきた先輩たちから教えられた。今日はこれから立海大学の講義室の一つを使って、説明会という名の打ち合わせが行われる。先輩たちに引率されて、千尋千尋のクラスメイトである柳蓮二、そしてジャッカル桑原の三人は廊下に出た。渡り廊下に辿り着く頃には前方に他のテニス部員の姿が見える。
 見えるが、千尋のモチベーションが上がらないという現実は何も変わらない。

「ルック、俺、帰っていいか」

 下足場で不意にそんなことを呟いてみる。革靴を簀子の向こうに置いた桑原が困ったような笑顔で応えた。

キワ、まだ中学の敷地も出てないぞ」

 せめて説明を聞いてからにしろ、と桑原は言外に含んでいる。
 日本の文化に関しては千尋よりも暗いはずの桑原の方が、何だかんだ順応していた。勉強をしなくていいのならば助かる。学校行事で祭りをするという浮ついた雰囲気を桑原は楽しもうとしていた。
 そんな二人の温度差に気付いた柳が不意に会話に口を挟む。

「どうした、キワ。敵前逃亡でもしたいのか」
「していいならする」
「残念だが、俺たち中学一年生にはその裁量が与えられていない。今、お前が逃亡すると連帯責任で俺たちがとばっちりを被るが、それでもいいなら特待寮に帰るといい」

 暗に、千尋はそこまで無責任ではないだろう、と反語で示されていて千尋は頭の切れる柳と弁論で戦おうとした自分の愚かさを呪う。千尋が本当に敵前逃亡をしたいのなら、誰かの許可など仰がずにさっさと行方をくらましてしまう以外の方法はなかったのだ。そして、その唯一の方法は今、潰された。
 だから。

「行くって。行きますって。行けばいいんだろ、行けば」
キワ、海原祭のメインは大学の先輩たちだ。俺たちが重責を担うことはない。断言しよう」
「蓮二、お前何か勘違いしてるだろ」
「というと?」
「俺は別に役割振られんのが嫌なんじゃなくて、学校行事そのものが嫌いなんだ」
「ダイならまだしも、お前がそれを言うとは意外だな」

 後学の為に聞いておこう。前置いて柳の双眸が薄っすらと開く。

キワ、お前は学校行事の何が嫌いなんだ」

 その問いには到底一言や二言では答えきれない。
 どこから説明をすれば伝わるのだろう、と考えて、千尋の中に合理的な説明手順がないことを知る。知って、それでも柳は千尋の答えを待っていたから必死に頭の中で言葉を整理した。
 柳蓮二というのはいつもこうだ。
 千尋の中に散在しているものを一つの答えとして知ることを望む。論理的だとか、合理的だとかそういう答えは求めていない。ただ、千尋が自身の中にある答えと向き合う為の手段として、問いを投げかけてくる。要は全部千尋の為だ。何も言われなくても、それぐらいのことはわかる。千尋と柳の五か月間が、それを一方的に証明していた。
 だから。
 千尋はどうして学校行事が嫌いなのかを訥々と語る。大人の自己満足に付き合うのが面倒だ、から始まり、何だかんだで終業時刻を過ぎても拘束されるのが苦痛だとか、帰宅してまで行事のことを考える時間が無駄だとか、とにかく思いつくことを何でも喋った。下足場を出て、中学の正門を出て、高校の正門を通り過ぎて、大学の通用門から構内に入って、テニス部に割り当てられた文学部の講堂に辿り着くまで、延々と語った。
 そのとりとめのない話を柳は適切な相槌を打ちながら真摯に聞いてくれて、講堂の階段状に配置された机の一角、中学一年生の集団に混ざった頃に最高の笑顔で最後の結論をくれる。

キワ、多分、この中でお前が一番学校行事を楽しみにしているということしかわからなかった」

 その、全く予想しなかった柳の結論に千尋は思わず素っ頓狂な声を上げる。

「はぁ? だから、なんでそうなんだよ」
「桑原にも訊くといい。多分、同じ結論になるだろう。違うか?」
キワ、お前、そんなに真剣ならもっと素直に楽しめよ。お前の理想の学校行事、お前が作ればいいじゃないか」
「いや、だから」

 千尋は学校行事が嫌いだ。そう言っているのに二人の中では正反対の答えで定着しようとしている。是正するなら今しかない。他の一年生たち、特に幸村精市が首を突っ込んでこようものなら、千尋が反駁する余地は完全になくなるからだ。
 そう、思った矢先。

「蓮二、何の話だい? 随分楽しそうだね」

 千尋たちの二つ前の列から一番聞きたくない声が飛んできて、千尋は慌てて会話を終わらせようとする。そのつもりだった。
 なのに。

「いや、大丈夫だ。もう終わるから」
千尋には聞いてないよ。蓮二、楽しい話題なら俺も混ぜてほしいな」
「実は――」

 と柳が先ほどまでの会話を説明し始めて、千尋は最悪の展開が始まったことを悟る。だから学校行事なんて嫌いなのだ。心中で悪態をついて、窓の向こうに見える立海大学の風景を眺めた。付属中学とは違う、緑に満ちた風景に非日常を感じて居心地が悪い。それを正直に告げたら、また学校行事を楽しんでいると言われそうで口を噤んだ。話題の中心であるはずの千尋を置いて、会話が盛り上がっていく。
 隣で繰り広げられている会話を必死に無視し続けていると、不意に千尋の左肩を叩く感触がある。そちらを振り返ると誰もいない。その代わりに左頬に何かが当たる。それが誰かの指先だと認識する頃には指の持ち主の特徴的な髪色が目に飛び込んできた。

「ハル、お前なぁ」

 こういう子どもじみた遊びをするのが好きなのは仁王雅治だ。その先入観を肯定されてくさくさとしていた気持ちが少し晴れる。悪戯な笑顔の裏表を精査するのは無駄だ。コートの中ならばいざ知らず、日常生活で心理戦を繰り広げられるだけの技量は千尋にはない。

キーワーちゃん、お前さん、ほんに期待を裏切らんのう」
「いや、今どきこういうことするのがお前だって方が期待裏切ってないから」
「まぁそれはおいおい、のう」
「で。何、お前、そっちに混ざらなくていいのかよ」
「俺はどっちかちゅうとお前さんの側じゃき、学校行事の好悪には興味ないぜよ。けど」
「けど?」
「お前さんにつまらん顔は似合わんぜ」

 お前さんはもっと単純に考えたらええんじゃ。言って仁王が千尋の後ろの席に座り直す。一番端の席に座っていたのをいいことに、千尋は椅子に対して横向きになった。左耳から聞こえるはずの幸村たちの会話が遠くなる。仁王が意図してそうしたのか、それは仁王にしかわからない。わからないが、千尋はもうその答えを知っているような気がした。

「テニスも必死、勉強も必死、学校行事も必死。それでお前さんはいつ休むんじゃ。手を抜くのも人生には重要な要素じゃないんかい」
「お前、俺のことなんだと思ってんだよ。テニス以外は全部手、抜きまくってるだろ。一番になるならテニスだけで十分だっつの」

 立海大学付属中学は全国大会で優勝した。つまり、中学校の世界では立海が一番強い。その、立海の中で一番強い幸村に勝つのが千尋の今の目標で、それを達成する為に必要な努力を惜しむ理由は一つもない。テニスで一番になりたい。それ以外を願ったことは今までに一度もないし、これからも多分そうだろう。
 だから、千尋は仁王の過大評価を切って捨てた。仁王がもどかしそうに微笑む。この表情は千尋に何かを説き伏せようとするときの顔だ、と最近になってやっと理解した。仁王までも説教か、と身構えたが仁王は結局曖昧な笑みのまま別のことを言う。

「お前さん、海原祭は初めてじゃろ。楽しみ方を俺が教えちゃるき、一緒に馬鹿になったらええんぜ」
「初めてって、お前も初めてだろ」
「神奈川におって海原祭を知らんやつはおらんよ。小学校の頃から皆楽しみにしとるんじゃ」

 春の花見、夏の花火、秋の海原祭。有名だと仁王は訳知り顔で語ったが、千尋は小さな違和感を覚える。

「あれ? お前、神奈川出身だったっけ」
「プピッ」
「違うのかよ! 違うのに今、説教垂れたわけ? お前って本当に読めないよな」

 器がでかいのはどっちだよ。ぼやくように呟くと、仁王はますます笑みを深くして「まぁそうくさりなさんな」と自分のしたことを棚に上げて言う。

「で? 神奈川出身でもない仁王雅治君のお薦めの海原祭の楽しみ方って何だよ」
「お前さんもここに来た以上、十年は海原祭と付き合う運命じゃ。十年ぜよ。逃げ切れるち思うんは浅はかすぎると思わんか?」
「いや、まぁ、そうなんだけど」
「お前さんの相棒は二週間も勉強せんでええちゅう事実に浮かれて、とっくに盛り上がっとるき、援護射撃は無理じゃ、ちゅうのは先に言うとくぜよ」

 その言葉に千尋の座席からは三列前に座った千代由紀人(せんだい・ゆきと)を見る。確かに彼は能動的に幸村たちの会話に加わっていた。千尋からするとあの顔は相当楽しんでいる。千代が祭り好きだと知らなかった千尋の心の中で、じゃあ来年の花見と花火は誘っても大丈夫だ、なんていう未来の予定が立ったが、それこそ一旦棚上げするべきだ、と判断した。
 そして。

「ダーイーちゃーん、お前、ツンデレならツンデレで硬派貫き通せよ」
「何、お前さんもじきにそっち側じゃ。無関心気取っちょれるんも今のうちじゃき、細かいことは気にしなさんな」

 な、言って含みのある笑顔を仁王が見せたところで、講義室にスピーカーのノイズが割り込んでくる。耳障りな音に千尋は教壇を見た。そこには大学生の先輩がいて海原祭の説明が始まろうとしている。

キワちゃん、話はまた後での」

 仁王の外見からは想像もつかないような、ごわついた手が千尋の頭を突いた。この掌が示すものなら千尋はよく知っている。多分、仁王は千代と同じタイプの人間だ。飄々とした態度とは裏腹に水面下で必死に努力を続けている。数えきれないほどの努力を重ねた掌は夏を乗り越えて強かな成長を遂げようとしていた。
 だから。
 この掌は信じられる。仁王が海原祭を楽しめると言うのならきっとそうなのだろう。騙されたのなら、それは千尋に人を見る目がなかっただけのことだ。後悔は後で悔いると書く。悔いるのなら、後でも十分に出来る。今、結論を急がなければならない合理的な理由はどこにもない。

「ハル、俺、乗ったからな」

 椅子に座り直して、黒板とその前にいる大学の先輩に意識を向けた。説明はもう始まっている。
 結論から言えば、テニス部は今年も伝統である喫茶店を催すことになった。飲食物を提供する以上、食材の調理や提供は大学生が中心になる。高校生は衣装の作成や店内の装飾を担当、中学生は客の呼び込みや広報活動を担当する、という割り振りを一方的に告げられた。そこまでが伝統であり、誰も異議を唱えない。おいしいところは全部先輩の担当であることに不満を覚えなかったと言えば嘘になるが、それほど重要な役割は求められていない、と知って千尋は心のどこかで安堵した。
 詳細は各学年の代表者をここに残して話を詰めることなり、それ以外のものは別の場所に移動する旨を告げられる。中学生は先代部長の智頭、現部長の平福、そして幸村が代表になったので、千尋たちは講義室を出て先輩たちの誘導するままに文学部言語学科の一回り小さな講義室に移った。講義室とは言っても、先刻までいた部屋とは違い、机も椅子もない。プロジェクターとスクリーンはあるが、それを使う為のパソコンはない。何をするのだろう、と少し不安になっていると先代副部長の大原がスクリーンのない方の壁際に立って両手を叩き合わせる。その合図に従って、ざわめきは静まり、運動部らしい切り替えの早さで大原の言葉を待った。

「二年生には二度目の、三年生には中学生活最後の海原祭になるね。僕たちの仕事はとても地味だし、テニス部喫茶の知名度を考えるとそれほど必要性がないことはみんなも承知していると思う」

 だから、参加を望まない部員には協力を強要したりはしない。当日まで、それぞれが思うように過ごすことを今はここにいない智頭に代わって大原が許可する、と言う。その、想像もしていなかった自由度に千尋は軽く目を瞠った。この人は何を言い出すのだ。そういう顔をしていただろう。
 二年生と三年生に自由参加の権利を与えた大原はなおも言葉を続ける。

「一年生にとっては初めての海原祭だ。だから、君たちにはこのイベントを全力で楽しむことを役割として与えるよ。僕たちの打ち合わせを手伝ってくれてもいいし、中学の別の組織に混ざってもいい。ただ、本番の三日間は海原祭の客の一人として参加してもらうから、そのつもりで」

 それが僕たち立海大学付属中学テニス部の伝統だから。言った大原に批難の言葉を投げかけるものは一人もいない。そのことが、大原の言葉が真実であることを雄弁に物語る。大学、高校、中学。十学年合同の行事だからと張りつめていた緊張感が、仲間たちの中で薄らいでいくのを感じる。全力で楽しむのが一年生の仕事。そう言われて、この場所を辞去して他の組織に行くほど薄情なやつは一人もいない。耐えるばかりの夏を乗り越えて、テニス部に残った同級生たちはわかっている。全力で楽しむということは全力で頑張るということだ。全力を尽くさなければ全力の楽しみはやってこない。
 だから。

「ハル、お前わかってただろ」
「プリッ」
「お前、それ板についてきたな。変な擬音」
「まぁ、お前さんの百面相に比べたら可愛いもんじゃろ」
「よく言う」

 一年生で固まって体育座りをしている。その、隣にいる仁王に言葉を投げかけると途端に言葉遊びが始まった。弁舌で千尋が勝てる相手なんていない。口下手だから、誰と争っても必ず負ける。それでもいい、と最近思うようになった。言葉の勝負に負けても気持ちが負けていなければ、本当に千尋の思うことを貫けるのならば、それはきっと負けてはいないのだろう。そんな風に思う。
 そんな風に発想の転換が出来たのは幸村を筆頭に言葉遊びの得意な仲間たちがいたからだ。試されて気後れするような軟弱さは持ち合わせていない。千尋は勝負の世界で生きている。絶対に勝つ、その気持ちと常に隣り合わせだ。
 だから。
 与えられた役割の持つ重さの前に怖じたりしない。先輩たちが誰一人、この講義室を出ていかないと信じられるのと同じ強さで、千尋は先輩たちの補助をしようと思った。理想を押し付けられるのが嫌だった。自主性という言葉に紛れて、その中に「正解」のある煩わしさが嫌だった。答えを自分で選ぶこととその責任の重みを大原は千尋の両手の上に確かに置いた。一人前方に立った大原に千尋のつまらなそうな表情が見えていなかったとは思わない。それでも、大原は千尋を責めたりしなかった。失望するわけでもない。ただ、大原は千尋のことも信じているのだと、そう感じた。

キワちゃん、ええ顔しとるぜよ」
「誰かさんの思い通りなのは悔しいけどな」
「柳の正論でも動かんかったお前さんを動かすにはこうでもせんとならんじゃろ」

 キワちゃん、覚えとうせ。俺もお前さんと同じじゃ。学校行事なんぞ興味ない。
 それでも、と仁王は言う。

「仲間が一生懸命な顔をしちょるときぐらい、覚えておきたいじゃろうが」

 それがたとえテニスでなくても、と言外にある。
 その声音に千尋は仁王の中に自分の居場所があることと、当の本人たちが距離を感じている三強たちのことも信じていることを知った。仁王は無関心ではない。人を誰よりもよく見ていて、そのうえで相手を信じるか信じないかを決めている。ある意味では柳より、よほど冷静で冷徹だ。その、仁王が信じているという態度を示すのなら、千尋が彼を疑う理由はどこにもない。
 仁王は言った。立海の海原祭は秋の楽しみだ。
 その言葉を今一度反芻して、何度も何度も噛み砕いて、そして千尋の胸の中で結論が出た。

「大原先輩、俺、広報やりたいです」

 挙手して、気が付いたらそう言った後だった。
 千尋の突然の自己申告に大原は少しだけ意外そうな顔をして、結局は温厚な笑みになる。大原が一年生は何もしなくてもいいんだよ、ともう一度確かめるように問うた。

「先輩、じゃあ、もう一回言い直します。俺、当日までの間、広報やりたいです」
キワ、僕が言っているのはそういうことじゃなくて」
「大原先輩、キワが広報やるなら俺たちもやります」
「今年の特待生は随分と人格が出来ているみたいだね」

 一度始めたことは最後までやってもらうけど、三人とも本当にそれでいいのかな。大原が千尋に続いて挙手した二人の特待生に問い返す。千代と桑原がちらと目配せをして、「キワがやるならやります」と異口同音に答えた。

「ダイ、ルック。俺、別にお前ら巻き込むつもりはなかったんだけど?」
キワ、お前に学校行事楽しむように言ったの俺だし、責任は取るぜ」
「それに、キワ一人だと多分足手まといだし」
「ダーイーちゃーん、お前なぁ」

 千代の煽りが本気かどうかならわかる。心細いから一緒にいたいとは言えない。言えないけれど一緒にいたい。女子でもあるまいし、べったり一緒の何が楽しいのだと思って、テニス部の縦割りになった現状を顧みる。千代からしてみれば、ここで千尋と同じ役割を買って出ずに親しくもない誰かの手伝いをする羽目になったら楽しむどころか苦痛しかない。仕方がない。そんな感想が胸中に去来した。

「じゃあ特待生の三人は僕と一緒に広報をやろう。他に広報をやりたい人がいたら今のうちに挙手してくれるかな」

 大原の問いかけには柳と仁王の二人が黙って手を挙げる。その瞬間、残りの一年生が呼び込みのチラシ作りを担当することが決定した。本当に何もしなくても、僕たちは責めなかったのに、と微苦笑で大原が言うが、その表情は決して満更でもないと雄弁に語る。
 学校行事なんてどうでもいいと思っていた。押し付けられる理想にはうんざりしていた。がんじがらめの自主性なんて反吐が出る。それでも、ここには本物の自主性がある。そんな気がしたから、自ら進んで役割をもらった。今まで知っていた学校行事とは違う。そんな確信めいた予感がある。

「じゃあ、お前ら。二週間、よろしく!」

 同じ役割を共に担う仲間に向けて掌を頭上高く掲げた。誰からともなくハイタッチが連続して、そして千尋の生まれて初めて自主的に参加する学校行事がやっと始まろうとしていた。