. All in All => 67th.

All in All

67th.手紙

 年が明けても、三学期が始まっても常磐津千尋は附属病院の病棟にいた。
 隣の個室のあるじもそれは同じで、生まれて初めて病院で雑煮を食べた、だなんて小さな初体験を共有して笑っていたけれどそれでも確かに千尋は知っていた。幸村精市の病状があまり思わしくない、ということを。
 幸村のいない立海大学付属中学のテニスコートに行く機会はめっきり減ってしまった。
 千尋だけを迎えにきて幸村を――視界の見えているもう一人の不調の仲間を置いていく、だなんていう神経の図太いやつは立海にはいなかったらしい。王者と言っても所詮は中学二年生で、人生の不条理を飲んで下してしまうには少し早かったのかもしれない。その代わりだろうか。真田弦一郎たちは二、三人で連れ立って殆ど毎日のように病院にやって来る。一番奥の千尋の病室からはその足音だけが聞こえて、隣の幸村の個室で消える。逆のイップスに陥っているだけの――医学的に異常がない千尋の個室までやってきてくれるのは仁王雅治と柳生比呂士と切原赤也の三人だけだった。それ以外の面子の場合、千尋が幸村の個室に顔を出すのを待っている。それがどういう意味なのか、千尋は敢えて考えないようにしていた。自分の足は動くのだから、自分で向かえばいい。何度も何度も何度も自分にそう言い聞かせて不満なんて最初からなかったかのように振る舞うのに少し、疲れてきた頃だ。
 ある朝、千尋の回診に来た大倉初瀬(おおくら・はせ)が千尋のテーブルの上に一組の冊子を置く。
 新しい英会話の教材だろうか。それぐらいしか心当たりがない、だなんて小学生の自分が聞けばきっと「ガリ勉」だと笑っただろう。

「初瀬?」
千尋君。君の体調のことを一緒に考えたいって言ってくれる人がいるんだ」
「へぇ――そう? そんな変なやつ、初瀬以外にもいたんだな」
「うーん、その感想は少しピントが外れてるなぁ」

 たくさんいるんだよ、君を「研究」したいっていう学者は。
 言った大倉の声の方にこそ感傷が滲んでいて、その反面、彼自身もまた「研究」したい側の立場だったな、ということをぼんやりと思い出した。
 千尋は体調が戻るならどんな薬を飲むのでも、機械に乗せられるのでも、何でもよかった。
 不自由で不安な明日と別離出来るのに、その手段に拘っている余裕がなくなってきている、と千尋自身も感じていた。泰然自若と構えていても明日は変わらない。千尋の幼い精神が独力で克己することも殆ど不可能だろう。そう、わかってしまったからこそ、千尋も彼の保護者である大倉も焦りを覚えていた。

千尋君。僕は君さえよければ――その先生のところにお邪魔しようかなって思うんだ」
「――それはここを、出ていくってこと?」
「僕よりもずっと権威のある先生だからね。向こうに来てもらうのはきっと難しいよ」
「――ふーん」

 平静を装って聞き流す。その実、心の中では言い表しようもないほどの焦燥に駆られていた。
 ここを出ていく、ということは千尋にとっては完全にアウェーの戦いになることを意味している。生まれ育った郷里を出て、神奈川の地に基盤を得て、そして郷里を失った。千尋の帰る場所がまた一つ失われるとわかっていて、安穏とそれを受け入れることはどうしても出来なかった。
 それでも。
 このままここにいていいのだろうか、という気持ちも確かにある。
 誰の役にも立てず、誰かのお荷物になるだけの人生に何の価値があるだろう。精神的負荷がかかっている、という大倉の言葉を信じるにしてもときが流れすぎていた。このまま、この病室を出ることなく最悪の結末を迎えるぐらいなら、いっそ飛び出していくべきだ、という理屈のことはわかっている。わかっているけれど、感情の移り変わりが付いて行かない。
 少し考えさせてほしい、と伝えると大倉は「君の人生のことだから、迷うのなら最後まで迷いなさい」と言い残して部屋を後にした。担当の看護師がテーブルの上に置かれたのが千尋のことを研究したいという医師からの手紙だ、と教えてくれる。目が見えないのに手紙だなんて無神経だ。どうやって読めというのだ、と思いながら手に取ると想像していたよりずっと重く、分厚い。指先の感覚を研ぎ澄まして「手紙」の形を探ると触り慣れた凹凸があった。これは――点字だ。しかも、ご丁寧にアルファベットだったから千尋でも読むことが出来る。
 一文字ずつ指先を滑らせた。「こんにちは」の次に「初めまして」があった。千尋にもわかるぐらいの平易な英文がその先もずっと続く。
 どのぐらいだろうか。看護師が退室した後もずっと夢中で手紙を読んだ。指先の感覚がなくなるほどアルファベットを追って途中で出てきた読めない単語を前後の文脈から推測しようとしたけれど、千尋の知識では限界がある。読めなかったページの耳を折って目印にした。

千尋、聞いているのか」
「――え?」

 その声が聞こえるまで、千尋の世界に音はなかった。「百錬自得」を使うことすら忘れて指先の向こうを夢中で追っていたと気付いて、視覚を持たない自分の不自由さをどうして忘れることが出来たのか、不思議なほどだった。
 堂に入った呼び声に導かれて凹凸の海から浮上した千尋は病室の中に自分以外の誰かがいることを認知した。忘れていた「百錬自得」で聴覚を研ぎ澄ますと部屋にいる「誰か」の正体がわかる。

「弦一郎?」
「そうだ。気付かなかったのか、お前らしくもない」

 来客――真田弦一郎に声をかけると肯定の返事が投げられた。その末尾に付いていたワンフレーズの言葉がやけに心に刺さる。刺さって引っかかりを作る。いつもなら、きっと笑って受け流せただろう。
 それでも。

「――らしい、って何だろうな」
「うむ?」

 哲学めいた疑問を投げた相手は問いを受け止め損なっている。これ以上言及すれば千尋自身はおろか、真田すら巻き込んで盛大な接触事故を起こすことが推測されて、千尋は首を緩く横に振った。今、自分は傷付いているのだから労わってくれ、というのはどう考えても更に傷口を広げるだけだろう。
 真田は手紙のことを知らない。
 真田は千尋の気持ちを激しく揺さぶる提案のことをまだ知らないのだ。
 だから。

「いや、独り言だ。忘れてくれ」
「そうか」

 言って真田はそれきり千尋の自問自答に触れることはしなかった。「らしさ」の話をするなら、その割きりの良さもまた真田らしさの範疇の中にあるだろう。
 真田と話す、というのはいつも不思議な気持ちにさせてくれる。道場で瞑想をするときのような静謐さを湛えた空気はいつでも心地いい。誠実とか実直とかいう単語は多分、真田の為にあるのだろう。そのぐらい真田弦一郎というのは竹を割ったように真っ直ぐな性格をしていた。

「それより、どうしたんだよお前。今日、平日だろ? 学校はどうしたんだよ」

 千尋の視界にはカレンダーも時計も映らない。だから、大倉は毎朝今日が何月何日で何曜日だと回診のときに教えてくれる。時間の経過は30分おきに鳴るアラームの数を数えるしかなく、ときどき現実と認識の間に乖離があった。それでも、流石に午前中なのか午後なのか、夜なのかぐらの別はあり、手紙の中に埋没して昼食を逃したのでなければまだ今は午前中の筈だ。大倉は今日を木曜日だと言った。
 誰よりも勤勉で真面目な真田がここにいることに違和感を覚える。
 サボりか、だなんて含ませて問えば真田が苦く笑った音がした。

「休みが何よりも好きなお前でも、毎日が休みとくれば忘れるものだな。今日は中学入試で学校には誰も入れん」

 中学入試は三学期の名物だ。平日に二連休をくれる。去年の千尋はそのことに浮かれて、仲間たちと練習に明け暮れた。あの日からもう一年が経とうとしている。そのことが随分遠くにやってきたことを千尋に痛感させた。

「――あぁ、そっか。そうか。もうそんな季節か」
「で、だ」
「で? だ?」

 ときの流れが速すぎるとショックを受けた自分を隠そうと千尋は言葉少なになる。今、自分が絶望を顔に浮かべているのじゃないか。不安を抱きながら真田がここにいるのがサボタージュではないことに安堵しながらサボタージュだったら面白かったけれど、多分明日、地球は滅んでしまうのだろうな、だなんて思ったことを霧散させていると真田の声が硬質さを帯びる。
 それもそうだ。百戦錬磨の「皇帝」がせっかくの平日休みに練習をしない理由なんて一つもない。彼もまた千尋と同じテニス馬鹿で――そのことに千尋は彼の価値を見出していたことをどうしてだか眩しい思いを感じた。
 何を言われるのだろう。これが最後の見舞いなのだろうか。千尋は特待生どころか一般生としてもテニス部の籍を失うのだろうか。緊張で身体が硬くなる。そんなことを知りもしない真田が、逡巡して、大きなおおきな溜息を吐いてから問うた。

「来月の幸村の誕生日の祝いをどうするのか。お前の意見も聞きに来た」
「祝うだろ、そりゃ」
「祝ってもいいと思うか、を聞きに来たのだがその顔だと意味がなかったようだな」

 寧ろ祝わない、という選択肢があったのか、と反駁したいとすら思う。
 思って、そして千尋は周回遅れでようやく気付いた。誕生日を祝うのは無事に一年を過ごしたからだ。生きているという現象に奇跡を感じて、寿ぐ。だから、今、幸村の誕生日を祝ってもいいのか。それを幸村が受け入れてくれるだろうか。そうしたときに幸村は負担に思わないだろうか。
 その、リトマス試験紙として千尋が選ばれた。試金石なんて呼べるほど大したものでもない。ペラペラの薄い存在だ。幸村より先に入院して世間と隔絶した時間の長い、千尋が肯定を示したなら、祝うことを検討しよう。もしも嫌悪を示したら忘れたことにしよう。
 そんな重大なことを黙って試されたのだと知って、千尋は憤りを通り越して諦めを感じた。
 標準的な病人の感想を求められている。それは、つまり、真田たちにとって千尋もまた腫れ物の一人だということだ。わかっている。千尋は健康を阻害している。健常だなんてとてもではないが言えたものではない。わかっている。わかっているのに、そのことを真田たちもわかってくれているとどうしても思えなかった。憤るだけの気力もない。ただ、自分がどこにいるのか、千尋は一瞬その答えを見失った。自分の居場所なんてどこにもないじゃないか。ただの、お荷物だ。気遣わなければならない、面倒の一つだ。
 そんな風に悲観的にならなくてもいいと理論は示す。
 本当の本当に迷惑だと思っているなら、真田はこの病室にやって来はしないだろう。
 まだ仲間だと思っているから気にかけてくれる。
 その理屈がどれだけ美しく整っていても、千尋は劣等感がむくむくと起き上がるのをどうしても抑えきれなかった。

「弦一郎。祝おうぜ、誕生日」
「お前はそうした方がいい、というのだな?」
「そうだ。祝っていいと思う」

 その代わりに、千尋はこの場所から出て行こう。お荷物は二人も必要ない。心配をする相手なんて減った方がいいに決まっている。自分の足で立てないやつが同じ場所に何人もいていい筈がないだろう。
 だから。
 指先で読んだ手紙の内容を何度も反芻する。手紙のあるじは千尋を必要としていた。必要な資金は向こうで持ってくれるなら躊躇うことはない。大倉も一緒に行く前提なのが少し申し訳なかったけれど、それも彼のキャリアの一つになるだろう。
 空っぽの笑みを浮かべて、偽りの思いやりを口にして、千尋はこの場所を棄てる心づもりを始めた。
 真田が悪いわけではない。幸村が悪いわけなんてもっとない。
 それでも。ここで明けない朝をこれ以上待ち続けることは、もう、千尋には無理だった。
 千尋の同意を得た真田が祝い方の検討に入ったのは右から左へ全部抜ける。適当な相槌を打って、適当に建設的な意見を提供して、今ここにいる常磐津千尋とは何なのかを考えることを放棄して、助けてくれすら言えずに千尋はただ前向きな態度を演じた。

「なるほど、参考になった。お前の案も持ち帰って蓮二たちと更なる検討を重ねよう」

 有意義な時間だった。そう言い残して真田が退出するまで千尋はきちんと常磐津千尋を演じられただろうか。「百錬自得」が真田の遠ざかっていく足音を捉える。そしてそれが完全に遠のいてしまうまで聞き届けたら、千尋の中には空虚だけが残った。
 常磐津千尋というのはいつだって前向きなやつだった。
 明日の為に昨日を忘れられる。今この瞬間が明日につながっていると信じている。
 そういう、やつだと自分でも思っていた。走れないこの足に価値はない。笑い合えない今に何も意味はない。明日が来ないのにどうして希望に満ち溢れているだろうか。
 そんな問答をするだけの気持ちもないまま、千尋はもう一度点字で書かれた手紙を読む。
 君が必要だ、と書かれている。立海大学付属中学テニス部で無用の長物になった自分のことを必要としてくれる誰かがいる。この道は打算に満ちているだろう。損得勘定のうえで成り立っているだろう。
 それでも。もう、無理に笑わなくていいのなら。その道を選んだって誰も悲しまないだろう。
 そう、決めたのだと夕食の時間に大倉を呼び出して伝えた。
 大倉は喜びも悲しみもしないで、千尋の決定をただ受け止める。
 そうして言った。

千尋君。先方は急いでいないと聞いているから、もう少し考えてみよう」
「――俺はもう決めてるけど」
「うん。だから、君の決定をもう少し寝かせておくんだ」
「善は急げっていうだろ」
「でも急がば回れって言うじゃない?」
「初瀬。屁理屈だ、それ」

 それでも、多分。大倉は千尋の決定を容れてくれるだろう。時間がまだ必要なら待つしかない。いつまで待てばいいのだ、という問いには幸村の誕生日を祝うまで、という答えが返ってくる。
 千尋たちの学年で一番最後に生まれたのが幸村だ。だから、最後まで祝って、見えないけれど見届けて、そうして次の段階に進むのは決して悪いことではない、と大倉は言う。
 
「それにね」
「まだあるのかよ、初瀬」
「幸村君だって、君にも祝ってほしいんじゃないかな」
「俺には――そんな余裕、もうないけど」

 だから、だ。と大倉は柔らかく諭す。

「最後の思い出作りでも何でもいいんだ。君がきちんと幸村君たちと向き合って、そうして選んだ答えなら僕は君を応援する。けど、今、一瞬だけ逃げたいだけで選ぶ答えはきっと君を不幸にする」

 それは医師として、保護者として正しい道筋だとは思えないから、大倉は支持しない、と言った。

「もしも、君がどうしても逃げ出したい気持ちを割り切れないなら、そのときは教えてほしいんだ」
「でも、初瀬、今、向き合えって言った」
「向き合って、抱えきれないことがわかったならそれは意味があるよね? 向き合わないで最初から諦めるのとは違う結果が得られる、と僕は思う」
「俺は――どうしたらいいんだ、初瀬」

 大倉はそっと千尋の前髪を撫でて言う。
 幸村の誕生日の最終のチケットを手配する。大倉自身も先方に身を寄せても、こちらに残っても問題がないように話を整える。ときどき具体的な話を交えながら、それでも抽象的な説明が続く。

「頑張りたくないときは頑張らなくていいんだよ、千尋君」
「そういうの、もう少し早く知りたかった」
「じゃあ今知ったよね? 頑張らなくていいよ。もう、頑張りたくないなら休んでいいんだ」

 君は十分頑張ったんだ。大倉は労わるようにそう言ったけれど、どう好意的に解釈しても敗北の二文字が千尋の脳裏で明滅した。負けたくない、だなんて言っていられる次元を通り越していたのにようやく、今、気付く。もうとっくの昔に負けていたのだ。だのにそれを受け入れられなくてもがいていただけで、これ以上ここに留まっている意味なんて最初からなかった。

「初瀬、ごめん。俺の所為で初瀬まで巻き込んだ」

 棄てるものがいれば拾うものがいる、だなんて強がっていただけで、あのとき、千尋の人生なんてとっくに終わっていたのだ。
 それを受け入れられなかったことで千尋は大倉まで負の連鎖に巻き込んだことをようやく自覚する。

千尋君。僕は君とは違ってね、自分で背負えないものは拾わない主義なんだ」

 だから、千尋が詫びることは一つもないし、背負える荷物なら本当に必要な場所まで運ぶのは当然のことだ、と大倉は大らかに笑った。見たこともない筈の大倉の笑顔に偽りなんて一つも見当たらなくて、気付けば千尋の眦からは大粒の涙が零れ落ちる。ごめんとありがとうを無限に繰り返して、千尋はあの夜以来、数か月ぶりに号泣した。

「ごめん。初瀬。本当にごめん」

 そういうのは全部終わってから聞く、と言ってしゃくりあげる千尋の頭をそっと抱えてくれる温もりがあった。
 仲間たちには決して言えない。お荷物になってごめんだなんて言えば彼らはきっと怒るだろう。そんな打算的な仲間だったのかと憤るだろう。だから言えなかった。言いたくなかった。それでも、不安は心を蝕む。自分の置かれた現実から逃げたくなるだなんて、小学校六年生の千尋が見ていたらきっと嗤うだろう。わかっていても心は竦む。前を向く以外の答えなんて全て棄てればいい。理屈は単純だ。後ろを向かなければそのうちにゴールには辿り着く。どれだけ遅くても、遠回りをしても辿り着く。迷い込んだ迷路に方向感覚を奪われて、迷走していても、いつかはゴールに辿り着くだろう。本当の本当に道を失ったわけではないのだから、やがては道が開けるだろう。
 その為には、まず自分がどこにいて何を見ているのか。それを立ち止まって考える時間が必要だ。楽観主義を気取っても結局はこんなところで路頭に迷っている。それを恥じること自体が間違いで、自分のことすら全てを理解出来ないのが人間だ、と大倉が教えてくれた。
 本当の本当に手紙の要望に応えるのか。もう少し悩んでみなさい、と言い残して大倉は当直室へ戻っていく。
 自分らしい、という概念が何なのか。千尋は大してよくもない頭で必死に考えた。周囲が望む理想の自分を演じる必要はない。本当に自分を尊重するのなら、今、千尋は何がしたいのか。何が揃っていれば千尋常磐津千尋足りえるのか。
 見えもしない病室の暗闇に眼が冴えて――というのも変な表現だけれど――千尋は、ようやく自分自身と向き合えた気がした。
 明日の朝が来たら、隣の病室へ行こう。
 Good-morningではなくて、幸村に「相談」してみよう。傷を晒して、痛みを打ち明けて、そうして本当に進むべき道を決めよう。
 大丈夫だ。まだ千尋千尋を諦めていない。人を頼ったことはあまりない千尋だから、どうやって打ち明ければいいのか、皆目見当も付かないことだけが気がかりだったけれど、それでも。今日とは違う、明日を描きたいのならまずは自分が変わらなければならない。
 そんな当たり前のことに思い至った午前一時。名実共に明けない夜の中、千尋は第一声をいつまでもずっと考えていた。